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当主の聞き書き(4) [当主の聞き書き]



質)父松坪のことは?

答)郵便局長をやっていた。当時無集配の郵便局(3等郵便局)があって、この郵便局は局長は特別な資格が必要で無く、一定の条件さえ満たせば誰でもやれた。親しい者には切手の値段しか知らない局長さんだとからかわれたくらで、仕事は一切せず。この人も絵だけ描いて暮らしていた。

南画を好まず、本格的に日本画を習いに何か月も京都へ修業に行ったりした。

都路華香先生だった。先生が亡くなってから南画にも親しんでいた。

  質)撫松、赤松、松坪と代々絵を描いてきたが、この家に沢山残っている?

 答)凡そ絵を描く人間で自分の家に絵が残ってるようではダメなんだと

   言っていた。求められて沢山の人にあげていたので、家にはほとんど残っていな い。

 質)無料で描いてあげていた?

答)そう、趣味で描いていたから。特に赤松はお礼に金を持ってきたりすれば機嫌が悪かった。野菜や魚などを持って来れば、「野の宝だ」などと言って喜んでいたと云う。

 父松坪は絵を描く以外の世事には全く恬淡としていた。

   (続く)